埼玉と千葉の7市1町から37チームが参加した第38回吉川市近隣少年野球大会は3月20日、吉川ウイングス(吉川市)の3年ぶり5回目の優勝で閉幕。草加ボーイズ(草加市)との決勝は1点を争う緊迫の戦いに。これをサヨナラで制した王者には、いくつものドラマと勝負の綾が潜んでいた。
※記録は編集部、学年の無表記は新6年生
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(写真&文=大久保克哉)
⇧優勝/吉川ウイングス[埼玉・吉川市]
⇩準優勝/草加ボーイズ[埼玉・草加市]
■決勝
◇3月20日 ◇旭公園野球場
草加ボ 010000=1
吉川ウ 000002x=2
【草】北村、髙橋、北村-髙橋、鈴木、髙橋
【吉】大浦、湊-鹿島、大浦
1回表、ウイングスは一死満塁のピンチに1-2-3併殺(上)。その裏はボーイズの先発・北村が無死三塁の大ピンチを、連続三振と一飛(下)で切り抜ける
ふたつ前の元号・昭和の62年(1987年)に始まった、由緒のある大会。第38回大会の決勝は、王者を決めるにふさわしい両軍が、それぞれに持ち味を発揮してロースコアの好勝負を展開した。
先手を取ったのは草加ボーイズ(以降、ボーイズ)だった。90分ほど前に、逆転サヨナラ満塁弾(鈴木健太主将)で準決勝を制した余韻が打球に乗り移ったか、一番・髙橋一生と続く北村寛太が連続のテキサス安打。三番・藤川悠義(新4年)がきっちりと送って一死二、三塁として、大殊勲の四番・鈴木の登場だ。
すると、吉川ウイングス(以降、ウイングス)の岡崎真二監督が颯爽とベンチを出てきて「申告敬遠」。この満塁策が奏功し、先発した新5年生の右腕・大浦大知が1-2-3の併殺でピンチを切り抜けた。
ウイングスは先発の新5年生・大浦が毎回走者を負いながらも5回1失点と粘投
対するボーイズの先発右腕・北村も負けていなかった。ウイングスの一番・藤田陽斗の二塁打と、二番・大塚淳斗(ともに新5年)の犠打エラーで無死三塁の大ピンチを招くも、スローボールも駆使してクリーンアップを3人斬り。この気迫の投球が準決勝同様に流れを呼んだ。
2回表、ボーイズの石川が四球から二盗、さらにバント処理の間に本塁を陥れた(上)。ウイングスは左翼守備専門の新5年生・古井(下)が好守を連発
2回表、ボーイズは石川颯人が四球から二盗に成功。そして七番・成田陽太(新5年)の投前バント処理の間に、本塁を陥れる好走塁で先制した。この流れにベンチの本村洋平監督も続いた。2回裏、二死一塁で髙橋をマウンドへ。
「鈴木は準決勝で70球(規定リミット)を投げていましたし、終盤のことも考えて、あえて北村の球数(規定70球)を残して髙橋につなぎました。3人とも頼れるピッチャーです」(本村監督)
背番号0の右腕・髙橋は、力投で期待に応えた。6回一死から三塁打を許して降板するまでに、ウイングス打線をバントヒット1本の無得点に抑えて、2つの併殺も奪ってみせた。
ボーイズの二番手・髙橋(上)は力投。3回には1-6-3併殺を奪う(下)
一方のウイングスも、毎回走者を負いながら追加点は与えずにスコアは1対0のまま進行した。大浦のクイックモーションと捕手・鹿島琉の強肩で2回、4回とボーイズの二盗を阻止。
6回にはエース左腕・湊陽翔が登板して、初めて3者凡退に。広い守備範囲でバッテリーを救ってきた左翼手の古井稜久(新5年)が、この6回にも前方の飛球を飛び込んで好捕するファインプレーで流れを引き寄せた。
ボーイズは打順を五番に上げた新5年生・浅香直之が4回に左前打。二盗は失敗(上)も、七番の同級生・成田が右前打(下)で流れを譲らなかった
「選手たちには『辛抱して(1点差のまま)、くっついていくよ!』と、ずっと言ってましたし、1点というのはセーフティリードではありませんので、追うより追われるほうが怖さみたいものはあるのかもしれませんね」(岡崎監督)
食らいついてきたウイングスの反攻は、最終の6回裏一死から始まった。不動の四番・黒田彪斗が左中間へ三塁打を放ち、ベース上で大きくこぶしを振り上げた。
「自分が打ちたいというより、みんなを喜ばせたいという気持ちで打席に入りました。打ったのはアウトコース、会心の当たりです」(黒田)
6回裏、ウイングスが四番・黒田の左中間三塁打(上)と五番・鹿島の右前打(下)で1対1に追いつく
ボーイズはここで、北村が再びマウンドへ。その代わりバナで、五番・鹿島が右へ流し打ってあっさりと1対1になる。「絶対に三塁ランナーをかえすぞという気持ちで、フライアウトにならないように上からコンパクトに強く打ちました」(鹿島)。ウイングスはさらに死球や盗塁などで二死二、三塁として、途中出場の主将・新田幸大が右打席へ。
「チームのことを考えて、自分ができることをやって貢献できるように、といつも思ってやってきました」
長引いたケガによる欠場期間をそう振り返った新田は、この日も含めて三塁コーチボックスやベンチから仲間を懸命に鼓舞しつつ、適切な指示を送ってきた。まだ万全ではないものの、代走から右翼の守備に就いて巡ってきた、ヒーローになるチャンス。さて、どうする――。
「野球を一番よく知っているキャプテン」と評する岡崎監督との以心伝心のサインで、新田主将は意表をつくセーフティバントを敢行。これが相手のミスを誘って三走の小玉荘介がサヨナラの生還、白熱のゲームはここで幕となった。
ウイングスは6回表をエース・湊が3人で終わらせ(上)、その裏に新田主将が二死二、三塁からのバントでサヨナラ勝ちを呼び込んだ(下)
〇吉川ウイングス・岡崎真二監督「初回、4回と大チャンスで得点できなかったのは私の采配ミス。この時期に1点を争うこういう試合ができたのは、お互いにホントに良かったと思いますし、価値のある優勝だと思います」
●草加ボーイズ・本村洋平監督「北村も髙橋も、よく投げてくれました。追加点を奪えていたら、もう少し違う展開もあったかもしれませんが、ウイングスの守備は堅くてさすがでした。春の草加市大会を前にして、良い経験を積めました」
――Inside Story――
先進的なチームの智将と手綱さばき
[埼玉/吉川市]吉川ウイングス
サヨナラ劇での3年ぶり優勝。これをセーフティバントで呼び込んだ主将が、一塁ベンチを飛び出してきたコーチと抱き合った。仲間も続々と笑顔で主将を取り囲む。歓喜が爆発する集団の中には背番号30の姿もあったが、殊勲者と軽く握手をするや、近くに転がったままのバットをそっと拾う光景が印象的だった(=上写真)。
いかにも視野が広くて、知的な指揮官。岡崎真二監督はコーチ時代の4年前、コロナ禍の自粛期間にチームの悲願でもあった法人化を、ほぼ一人で実現させた。NPO法人となって社会的な信用も増したことから、行政と手を組んでの野球普及活動やSDGsの取り組みなどを主導。主催する大会も増やし、1987年に創設10年目のウイングスを主体に始まった、この吉川市近隣大会も運営面をチームで一手に担っている。
勝負の綾のひとつが指名打者だった。八番・DHの木村(写真)は5回に四球を選ぶと、新田主将が代走に。そしてこの背番号10が勝利を呼ぶことに
全軟連では新年度から指名打者制度を導入したが、吉川市近隣大会は「投手を含む野手に代わる指名打者」をずっと古い時代から認めている。
岡崎監督は大会最終日も、同制度を有効に使った。八番・DHの木村正之助は準決勝で絶妙なスクイズバントを決めるなどコールド勝ちに貢献。代わりに左翼の守備に就く古井稜久(新5年)も、決勝で大飛球をことごとく好捕するなど渋い働きで優勝に寄与した。
「外野守備が得意で、大きい打球を捕るのが持ち味です」と古井。兼任する投手では出番がなく、打席には立てなかったが秀でた一芸で見事に輝いた。
同じく、日ごろの取り組みと賢いベンチワークで輝いたのが“W捕手”だ。決勝でスタメン捕手の鹿島琉は二盗を2つ阻み、打っても最終回に同点打を放つ活躍で大会MVPに。その鹿島とのコンビで決勝は5回1失点と好投した新5年生・大浦大知は、準決勝ではマスクを被り、同級生右腕の藤田陽斗を3回完封に導いた。
ウイングスが誇る″W捕手″。鹿島(左)と新5年の大浦(右)
「投手も複数いますけど、捕手が2人いるというのもウチの強み」(岡崎監督)
それも肩が強い選手に丸投げしただけではない。練習日には各ポジションに分かれての専門メニューもあり、捕手2人はキャッチング、ストッピング、スローイングのステップ動作を徹底して反復する。「地味なメニューですけど毎日のドリルとして必ずやらせています」(同監督)
鹿島は現状に満足していない。「まだまだ、当たり前に盗塁を刺せるところまでいってないので、これからも反復練習を続けていきます」と意欲的だ。1学年下の大浦は、投手への強くて正確な返球も際立つが、これは「ピッチャーのことを考えて、テンポを崩さないように」との意図があるという。チームのモットーである『思いやり』が浸透していることの、ひとつの証しだろう。
6回裏、一死三塁で相手投手交代の間に、指揮官と笑顔の鹿島(右)。「監督から『カウントによってはスクイズもあるけど、楽にいけ! ちゃんと打っていけ!』と言われました」
決勝の最終回、同点の口火となる三塁打を放った黒田彪斗は大会中、極度の打撃不振から一塁守備でも精彩を欠いていた。しかし、「四番は彼しかいない!」と岡崎監督は信じて待ち続けた。最後の最後に結果で応えた黒田は、今後の決意をこう語っている。
「チームを全国に導けるようなバッティングをしていきたいです」
新田幸大主将もきっぱりと言い切った。
「全国大会出場が目標です!」
目指すは過去2回出場している夏の全日本学童大会だ。新6年生は8人。全国予選は学年に関係なく、ベストベンバーでいくと公言している指揮官は、全国出場した3年前も踏まえつつ、現時点での手応えも口にした。
「3年前のチームに比べると、パワーとスピードはまだ劣っていますけど、個々の能力だったり、チームの総合力というところでかなり上がってきているなと感じています。(全国出場の)可能性は十分にあると思っています」
一時の熱や勢いだけではない。「オレがオレが!」と出たがる大人もいない。地に足をつけたウイングスからは、これからも続々と選手が輝くことだろう。大目標への一歩となる吉川市大会は4月21日に始まる。